ブログを4年半ぶりに・・・
・・・4年半て。
高校受験を頑張っていた若者たちが、もう新社会人になっている頃合いですね。
どうか皆さん、新生活を楽しく満喫してください。
さて、コロナ禍で大変な4年間でした。
久しぶりにログインしたらブログの設定方法がわからず、
適当にさわっていたら、知らない外国の街の写真になってしまいました。
なんか意識高そうなのでしばらくこのままにしておきます。
訪れてくださった稀有な方には申し訳ない想いでいっぱいです。
Twitterを使い始めるとブログを放置してしまうのはあるあるだと思うのですが、
例え誰にも読まれずとも、ある程度まとまった文章をストックしておくことは
自分の足跡、軌跡として多少なりとも意味があるかなと思い直しています。
(過去の投稿をみれば餃子の写真くらいしか載せていないのに、恥ずかしい)
あと、文章も音も、人生も(?)、
ネタを小出しにせず溜め込んだ方が創作エネルギーは発露しやすい。
(過去の投稿をみれば猫の写真くらいしか載せていないのに、目も当てられない)
あと、腰痛が発露しやすい。
あと、腰痛が発露しやすい。
まぁブログはともかく、音楽作りでは明らかにこれは真理ではないかと思います。
今は手軽に思いついたアイデアを形にして発信できる幸せな時代ですが、
アウトプットを小出しにすると、そこで終わっちゃうんですよね。
僕が10代だった頃はSNSがなかったから、作曲は今よりずっと孤独な作業でした。
作ったものを誰かに聴いてもらうにはCDに焼かないといけないし、
そもそも不特定多数の耳に触れる機会を作るのが難しかった。
だから、もう鬱屈としてくるわけです。
煮込んで煮込んで、煮詰まってドロドロになって、そのまま干からびる勢いでした。
しかし当時SNSがあったら、その鬱屈が適度に解消されてしまって
果たして今のような(屈折した)情熱が維持できたかどうか怪しいものです。
不思議なことに、当時と比較してクリエイティブへのモチベーションの変化は感じませんが、
どれだけ環境が便利になっても、あの頃のドロドロ感は持ち続けていたいなと思うのでした。
はい、今日も干からびる勢いで曲を書いているよ。
しなやかに変化を受け入れながら、いつまでも芯は持っていたいと思います。
ほどほどにこだわり、ほどほどに身を任せて。
というわけで、2004年からダラダラと残っているこのブログ。
背景が知らない外国の街の写真になりましたが、気にしません。
背景が知らない外国の街の写真になりましたが、気にしません。